当日のレポート
10月28日、ベルサール虎ノ門にて「徹底研究シリーズ2023 あなただけの表現のために」と題し、演奏家としてだけでなく指導者としても特級入賞者を数多く輩出する関本昌平先生のセミナーを開催しました。コロナ明けを実感する満席の聴講者をお迎えし、レクチャー、トーク、公開レッスンと盛りだくさんの内容を通じて、関本先生の演奏と指導のエッセンスを学びました。演奏研究委員の松浦健先生のレポートでダイジェストをお届けします。セミナーの様子は「ピティナ eラーニング」でも追って配信予定です。
導入・第1部
第13回目の開催となるピティナ徹底研究シリーズ、今回講師としてお迎えしたのは、近年指導者しても目覚ましい活躍をされている関本昌平先生。今を遡ること20年、若干20歳にしてまさに飛ぶ鳥を落とす勢いでショパン国際コンクール第4位入賞まで駆け上がった関本先生ですが、長い海外での活動期間を経て2013年に日本に拠点を移してからは、演奏家としての活動はもとより指導者としてのキャリアも着実に積み重ね、すでに数多くの優秀な人材を世に送り出しています。教育活動に携って10年目という節目、そして2003年に受講生として「徹底研究」の舞台に登ってから20年、演奏家・指導者という立場で再び同じ舞台に登壇する関本先生のもとに各地からは満席に近い参加者が集まり、熱く充実した一日となりました。
第1部は、「美しい演奏を形作るもの」と題され、演奏に不可欠で幼少期から大切にするべき「基礎」への考察をテーマとした特別セミナー。
まず「基礎力」として考えられるものとして、「運動能力的なもの」、「耳の使い方」、「音楽の感じ方」などを列挙されながら、少し時間をかけて説明されたのが、「常に新しく譜読みをする習慣を持つこと」を基礎力の一つとして認識することの大切さ。合わせて、長い期間を限られたコンクール課題を仕上げることに費やしてしまうことの危険性について、ご自身の幼少期の音楽への取り組み方や夏休み自由研究での父親からの「無茶振り暗譜課題」など、愉快なエピソードなどを交えながらお話し頂きました。
続いてピアノに向かわれた関本先生、ご自身の幅広いレパートリーの中でも特に大切にされている曲の一つである「バラード第1番」を題材に、最初の音を出すまでの一連の動作から始まり、曲の各部における様々な課題を検証しながら演奏を支える「基礎」について考察する、実演を交えてのレクチャーが展開されました。「重さと圧力のかけ方」、「音楽に沿ったタッチや手首の適切な動き」、「和声感」、「音量の差はもちろん、音色・音の方向性などをも含めて作り上げる響きのバランス」、「適切な濁りを含んだ美しいペダリングの可能性」、「音と音の重なりを聴き取り、移り変わりのグラデーションを感じ取る力」など、数多くのポイントが鮮やかな演奏を織り交ぜながら示されましたが、こうしたことに徹底的に「こだわる」こと、「いい加減」で済まさない探求心・好奇心の大切さを重ねて強調されました。また演奏する際の「動かない姿勢」の重要性については、姿勢による演奏の変化を実演により示されながら繰り返し触れられ、幼少期に身につけてしまいがちな「誤った体の使い方」とその弊害についても言及されました。
素晴らしい音楽と共に、美しい演奏を形作るための数々の「こだわり」を堪能した1時間でした。
第2部
続く第2部は、日本での10年間の教育活動を経ての今の思いや、今こそ音楽教育で必要とされるものについて、インタビュー形式で語って頂くスペシャルトーク。
ご自身で「よく頑張ったと思います!」と振り返るこの10年間の、演奏活動と教育活動の間(はざま)での悪戦苦闘、生徒とのやり取りやその成長の軌跡、そこから得られた気づきの数々、そしてご自身の音楽上の転機となる、恩師二宮裕子先生との出会いと先生の下での学びについて、さらにはアメリカで出会ったクラリネットの巨匠チャールズ・ナイディック氏から受けた音楽家としての精神面での影響などについて、お得意のユーモラスなエピソードを織り交ぜながらお話し頂きました。
その中で、近年大きな成長を遂げた生徒の例を紹介しながら改めて強調されたのが、第1部でも言及された、音と密接に結びついた「姿勢」の重要性について。加えて、二宮先生の発する音の美しさへの「憧れ」から新たな探求が始まったというご自身の経験にも触れながら、一つ一つの音作りに対する職人レベルのこだわりと諦めない姿勢を、生徒と指導者の両方に必要な資質として挙げられました。
情報にあふれた現代、あまりに簡単に音楽にアクセスできる環境の中で、一つの演奏を聴く際の有難みや敏感さの欠如、音楽を聴くという行為の質の変化への懸念と、そうした時代だからこそ改めて「聴く」ということに没入してしまうような体験の大切さを、ご自身の様々な体験も絡めてお話し頂き、第2部が締めくくられました。
第3部
昼休みを挟んでの第3部は、モデル生徒によるショパンの小品を題材にした公開レッスン。
最初の受講生は天野薫さん(小4)、曲はノクターンOp.27-2。冒頭の低音に対する呼吸のとり方などアドバイスから始まり、メロディーの方向性、非和声音の音色とそれに伴うタッチの変化、「大きい」わけではないfの音量についての解釈の幅、手首の使い方に関しての様々な要求がありましたが、天野さんも的確な理解力で応え、持ち前の豊かな歌心にあふれた演奏を披露しました。
2人目に弾くのは中山まどかさん(中1)、曲はエチュードOp.10-5「黒鍵」と3つの新しいエチュードからAs-dur。黒鍵では右手の細かい音型や和声の解決に対してのより繊細な表情付け、随所で「ブレーキ」を踏める場所を作ることから生まれる多彩な表現の可能性などのアドバイスが、As-durのエチュードに対しては、音楽との近づきすぎない距離感と2:3のリズムの対立をしない共存、和声の変化に呼応する大胆で繊細な表現、姿勢の違いから生まれる腕や手指の感覚の変化など、より音楽的な演奏に向けての多くの指摘がありましたが、中山さんも柔軟な吸収力でそれらを消化、その場で演奏に反映させていました。
最後の受講生は大山桃暖君(高3)、曲はエチュードOp.10-2とOp.10-7。Op.10-2に対しては「うまく弾かないでと忠告しておいたのに」とジョークを挟みながらも、半音階の持つ不安定な雰囲気と伴奏形のそっけない表情を、やや皮肉に満ちたキャラクターの中に落とし込むこと、それに伴う各部のニュアンスの作り方をユーモアに満ちた説明を通して提案。Op.10‐7に対しては常に短調を志向する音への繊細な表情付け、ゼクエンツ的な箇所に対する個性的な表現の可能性や微妙なリズムの揺れなど、決まったパターンの繰り返しに陥らないための様々アドバイスがあり、大山君もすぐさまそれらを消化、高い技術と理解力で応えました。
レポート◎松浦健(演奏研究委員)
写真◎財満和音(演奏研究委員)
恩師たちへの憧れと音楽への好奇心からスタートした関本昌平先生の音楽家人生を振り返りながら、美しい音作りへの徹底したこだわりを体感できた1日があっというまに過ぎました。モデル受講生を務めてくれた天野薫さん・中山まどかさん・大山桃暖さんも、素晴らしい演奏と真摯な探究心で関本先生の指導に応え、見ごたえのあるレッスンとなりました。これからの関本先生のますますのご活躍が楽しみです。セミナーは「eラーニング」でも公開されますので、お楽しみに!
詳しくはピティナeラーニングで!
徹底研究シリーズ2023は年内に「ピティナ・eラーニング」での配信を予定しております。手元の映像を見ながら、講師のお話を何度でも聴くことできる、eラーニングならではの学びをどうぞお楽しみに!「見放題」に登録して公開をお待ちください。
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また、過去の徹底研究シリーズもeラーニングで好評配信中!こちらもぜひご覧ください。
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