斎藤守也先生セミナー(小金井・2021/10/28開催)
2021年10月28日(木) 宮地楽器小金井店 さくらホール
文・山本美芽(ピアノ教本研究家)
兄弟で連弾ユニットとして活動しているレ・フレールの兄、斎藤守也先生。演奏活動のほか、教育についても力を入れています。この日は、レ・フレールの特徴である左手パターンを弾き続けるための脱力奏法について2時間のレクチャーがありました。連弾レパートリーとしてのレ・フレールの人気は幅広く定着しており、会場は満席で、ZOOMによる配信も行われました。
まずは、テキスト(レ・フレール 斎藤守也の左手のための伴奏形エチュード 童謡アレンジで楽しく学ぶ(音楽之友社))収録の曲がすべて登場する「左手のための伴奏形メドレー」が演奏されます。『ロンドン橋』で堂々と始まり、『ちょうちょう』『ぶんぶんぶん』などの8ビート系、『フレール・ジャック』『幸せなら手を叩こう』などのシャッフル系ナンバーで盛り上がり、途中『きらきら星』でいったん静かにクールダウン。そこからマイナーアレンジの『メリーさんの羊』『山の音楽家』と、よりリズムの強い伴奏パターンへ。最後はノリのいい『静かな湖畔』がだんだんアッチェレランドして終わりました。
音の一つ一つの鳴り具合、リズムの感じ方、左手伴奏パターンの拍ごとの強弱による拍子感の表現といったものが高い次元で揃うと、驚くほど格好良くなるというお手本で、圧倒されるような演奏でした。ステージのピアノは半開でしたが、会場全体が振動するような豊かな音に包まれました。
そしてレクチャーでは、まずは脱力とは何か、守也先生が留学した際にヨーロッパでどのように脱力を学んだかという話に始まり、上腕、前腕、手首から先など、場所ごとに何を注意すれば良いかを詳細に解説していきます。「ぶらん」「ふわっ」などの擬音や実際の演奏も取り入れ、正面を向いて指先を客席に向けて動かすなど、大変わかりやすく具体的な内容でした。前半最後には「Monologue」収録の〈猫のステップ〉を演奏。気まぐれな猫を思い起こさせる、とてもチャーミングな雰囲気の曲です。伴奏パターンの変化によって曲が進んでいく様子がよくわかりました。
休憩を挟んで後半では、2つの左手パターンを例に、鍵盤上の指の状態を1音ずつ順を追って脱力のやり方を確認していきます。まずは、レ・フレールの代表曲でもある「On y va!」の伴奏パターン。16ビートが出せるレ・フレールでもおなじみのパターンで、2の指を16分音符で連打する箇所があります。この連打のポイントをレクチャー。そして次は、『左手のための伴奏形エチュード』収録の「いとまき」のパターンについて。こちらは指を鍵盤から離さず高速で連打し続けるものです。守也先生が実演する連打の速さ、正確さ、持続時間に、受講者からは驚きのため息が。連打というとラヴェルの「スカルボ」冒頭が思い浮かびますが、さらに長い時間、伴奏パターンとして連打を使えるようになるには、しっかりと腰を据えて脱力奏法に取り組む必要性を強く感じます。力の弱い女性に連打は難しいのではと思いがちですが、レクチャーを聞くと、連打のキーポイントとなるのは脱力であり、「女性だからできない」というわけでもないのです。
超絶技巧を支える日々の地道な取り組みとして、メトロノームを使った非常にゆっくりのテンポでの練習や、ペダルを使う曲をペダルなしで弾く練習なども実演されました。基本を妥協せずにコツコツ積み重ねていく、その重みが伝わってきます。
最後にはディズニーメドレーの演奏で、華やかに締めくくり。手元も大写しになり、午前中にもかかわらずテンション高く、演奏も盛りだくさん。質問も活発に飛び交いました。日々ステージに立ち続けているコンポーザーピアニストならではのクリエイティブな発想、音楽への真摯な情熱が間近に伝わってくる充実のひとときでした。
セミナー後に、守也先生からは、こんなお話を伺いました。
「今日の2時間で話したことは、1年や2年で習得できるような簡単な話ではないんです。『ここで手を固めないでくださいね』という一言でも、そこで力を抜けるようになるまでには、かなりの時間がかかるはずです。『わかった。できそう』と思っても、いざ、やってみると『できない』となるかもしれません。僕もそれを繰り返してここまでやってきました。ピアノの演奏は、長い時間をかけて体で覚えていくものです。演奏のクオリティを高めたいなら、脱力ができるかどうかは大きな違いになりますが、脱力はあくまで手段であって、目的ではありません。できなくてもいいんです。ピアノをやめてしまったら脱力も何もないですから。あせらずじっくり、取り組めるといいですね」
Youtubeリンク『左手のための伴奏形エチュード』より 「1本指のブルース」
斎藤守也:プロフィール
ピアニスト / コンポーザー。15歳でルクセンブルク国立音楽学校に留学、プルミエ・プリ修了し、帰国。2002年に弟・斎藤圭土と連弾ユニット「レ・フレール(仏語で兄弟を意味)」を結成。斬新かつ繊細なプレイ・スタイル(1台4手連弾)、交響曲や器楽セッションを想起させるオリジナル楽曲、そしてライブ・パフォーマンスにより瞬く間に日本全国で「ピアノ革命」と話題となり、ヨーロッパ・アジア・オーストラリアなどでツアーを開催。最新作は三味線の吉田兄弟とのコラボアルバム『吉田兄弟×レ・フレール』(ユニバーサル ミュージック)。
2013年のソロアルバム『旅』のリリースを皮切りにソロ活動も行う。2020年に最新ソロアルバムは『STORIES』(ユニバーサル ミュージック)。「音楽の楽しさをつたえる」ことをモットーにワークショップ、ピアノ講師向けセミナー活動などを行う。2019年に音楽之友社より『左手のための伴奏形エチュード』を刊行、『ピアノの本』(SCRコミュニケーション発行)にてオリジナルの連弾曲を連載中。ライフワークとして、医療機関や社会福祉施設でのコンサートも行っている。
オフィシャルサイト:http://moriya-saito.com/