徹底研究2016【開催中止】
【謹告】中村紘子氏によるショパン徹底研究 公演中止のお知らせ
平成28年7月26日にピアニストの中村紘子先生がご逝去されました。
それにともない、10月10日(祝)「ショパン徹底研究」(会場:上野学園石橋メモリアルホール)は、
公開講座・修了演奏会ともに中止を決定させていただきました。
ここに謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。
ピティナ演奏研究委員会
「徹底研究」シリーズ待望の企画として講師にお迎えする予定だったピアニスト、中村紘子先生が平成28年7月26日にご逝去されました。日本の多くのピアニスト・音楽家が国内外に数多くの活躍の場を得ている今日の状況の礎を作ってくださった中村先生の訃報に、只々驚くばかりでございます。
病に立ち向かいながら、演奏活動によりいっそうの情熱を燃やし、かつ、ライフワークであった教育活動にも心血を注ぎ続け、今年3月の浜松国際ピアノアカデミーでも聴く者の魂を揺さぶるような音と言葉で、若い学習者や指導者を鼓舞してくださるのを拝見しておりました。逆境にあってなお、強い信念で音楽の道を究め続ける中村先生のお姿に、今こそピティナの学習者・指導者にもその力強いメッセージをお伝えいただきたいと、久々の「徹底研究」を企画し、モデル受講生の皆さんも、先生から直接アドバイスをいただくことができるこのたびの機会を大変楽しみにしてくださっていたところでした。多くのお客様が待ち望んでくださっていた矢先の悲報を、大変残念に思っております。
このたび、直接、先生のご指導を賜る機会は永遠にかなわなくなりましたが、病を押して当企画と若い音楽家のためにいただいたメッセージ・インタビューを改めてご紹介し、長年のご功績に心より御礼申し上げます。
中村紘子先生のご冥福をお祈りいたします。
ピティナ演奏研究委員長 杉本安子、演奏研究委員会一同
一般 | ピティナ会員・学生 | ピティナ学生会員 | |
---|---|---|---|
通し券 | 6,000円 | 5,000円 | 3,000円 |
各部券 | 3,500円 | 3,000円 | 1,500円 |
- 主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
- 企画:演奏研究委員会
- Op.10-4
- Op.10-5『黒鍵』
- Op.25-10
- Op.10-7
- Op.10-2
- Op.25-11『木枯らし』
- Op.10-8
- Op.10-10
- Op.25-6
- ピアノ協奏曲 第1番 Op.11 第1楽章
佐藤圭奈:ピアノ伴奏(オーケストラパート)
- 講演内容および曲目は、変更になる場合もございます。
モデル生徒全員による修了演奏会を行います。
- 谷 昂登
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- ショパン:エチュード 嬰ハ短調Op.10-4、変ト長調Op.10-5『黒鍵』
- リスト:ハンガリー狂詩曲第2番 嬰ハ短調S.244-2
- 古海行子
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- ショパン:エチュード イ短調Op.10-2、ハ長調Op.10-7
- リスト:ノルマの回想 S.394
- 尾崎未空
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- ショパン:エチュード ヘ長調Op.10-8、嬰ト短調Op.25-6
- シマノフスキ:エチュード 変ロ短調 Op.4-3
- ラヴェル:ラ・ヴァルス
- 山﨑亮汰
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- ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 Op.11 第1楽章(ピアノ伴奏:佐藤圭奈)
今年10月10日(月・祝)、ピアニストの中村紘子氏を講師に迎え、「ショパン徹底研究〜エチュードをメインに」が開催されます(企画:演奏研究委員会)。4名の若手ピアニストが公開レッスンを受け、修了演奏会でその成果を発表します。才能ある若手ピアニストたちが今後世界で活躍するためには、何をすればよいでしょうか。この度開催に先立ち、中村紘子先生にインタビューを行いました。ピアニストとして世界中で活躍され、また国際コンクール審査員として多くの才能を発掘してきたご経験を踏まえ、若い世代へのメッセージをお伺いしました。
先日開催された浜松国際アカデミーマスタークラスの際、中村先生の音や言葉から何か魂に訴えかけてくるものを感じ、受講生の音楽が一瞬で変わる瞬間がありました。このような体験はとても大事ですね。先生ご自身は若い頃から世界で活躍されていますが、そのようなご体験はありましたか?
20歳でショパンコンクールに出場し、本選で指揮者ヴィトルド・ロヴィツキーさんとコンチェルトを弾いた時ですね。初めて舞台で感動を味わいました。
15歳で毎日音楽コンクールに優勝した後、18歳でジュリアード音楽院に留学したのですが、その時師事したロジーナ・レヴィン先生に「あなたは素晴らしい才能を持っていますね。だけど奏法を一から直しましょう」と言われました。それでロシアの良い教育を教えて下さったのですが、私自身は「今まで日本で必死に練習してきたのは一体なんだったのか」と茫然自失の毎日でした。毎日音楽コンクール優勝の副賞としてショパン国際コンクールに出場することになってはいましたが (前回は年齢制限のため繰越)、自分としては不本意なままでワルシャワに向かい、予選期間中も陰々としていました。
ところが、本選でヴィトルド・ロヴィツキーさんの指揮でコンチェルトを弾き始めたら、とても楽しいんです。私を音楽で引っ張って下さったり、時々遊んだり。「ワルシャワの舞台がこんなに楽しいなんて!」と、嬉々として弾きました。すると演奏が終わるなり、ロヴィツキーさんがいらして「本選であなたととても気が合いました。来年日本に初めて演奏旅行にいくので、ぜひ一緒に弾いてほしい」と。もう大喜びでしたね。そして翌年、ロヴィツキーさんの指揮でショパンのコンチェルトを日本中で弾いたのですが、それが本当に楽しくて。それまでガチガチがんじがらめだったのが、のびのび演奏できたのです。ある種の感動を舞台で得ることができたのですね。それが私の演奏のスタートラインです。
1980年代にエフゲニー・スヴェトラーノフさん指揮のソ連国立交響楽団とラフマニノフ3番を共演した時にも、同じような体験がありました。彼は威厳がある方で皆さん恐れていたのですが、私は意思疎通ができなかったこともあってあまりビクビクしなかったんですね。ですけれど、結果として私は彼の手のひらで好きなように踊らされていた感じたですね。彼からはラフマニノフについて様々なことを教わりました。オケメンバーにとって弾き慣れている曲ですから、演奏会では毎回色々なイタズラや遊びをするのです。その度に「じゃあこちらも」と応じてみる、そのやりとりが面白かったですね。
私は本当に良い音楽家に恵まれたと思います。若い方も、ピアノの先生だけでなく、指揮者や他の音楽家などからインスピレーションを得る機会を、もっと持てればいいですね。
ピアニストが生演奏を聴いて感動する、ということが最近少なくなっているようです。先生が初めて生演奏に感動した時のことを教えて頂けますか?
13歳の時にレフ・オボーリン、中3の時にはエミール・ギレリスの演奏を生で聴き、本当に素晴らしくて心から感動しました。1950〜60年代、来日ピアニストといえばギーゼキングなど往年のピアニストが多かったですが、バリバリ弾く人を聴いたことがありませんでした。ギレリスの演奏にはショックを受けまして、東京でのリサイタル4回、東京交響楽団との共演2回、すべて聴きに行きました。そのたびに楽屋出口で待っていたり、彼の誕生日を調べ上げて、大切に貯めたお小遣いで日本人形を買って楽屋に持って行ったりしました。また東京芸大で公開レッスンが開催された時、私があまり夢中になっていたのを見て、井口愛子先生が私も受講生として入れてくれたのです。レッスン後に握手して頂いて、その手を1週間洗いませんでした。そのようなことを全てやったのですよ。
オボーリンはふくよかな体型でしたから、これだけ太らないとあの音は出せないと思い、食べに食べて、同級生に驚かれるくらい太りました。ところがジュリアード音楽院では小柄でも音が豊かな東洋人留学生がいて、そんなに太らなくても弾けると分かったんです(笑)。
そこまでピアニストの演奏に夢中になり、追い求める情熱が素晴らしいです。生演奏から得るものはやはり違いますよね。
やはり生演奏は、CDやyoutubeではわからない魅力が伝わってきます。皮膚感覚ですよね。そして誰かの演奏に虜になったら、一生その人の虜になる、それが生演奏の魅力だと思います。オボーリンやギレリスを聴いて、ピアノの演奏とはこういうものだと、目から鱗が百万倍くらい落ちました。これも出会いですね。
今若い音楽家たちが海外に行かなくなっていると言われます。ヨーロッパに対する強い憧れもコンプレックスもあまりない今、どのように憧れや好奇心を高めていけばよいでしょうか。若い世代の新たな課題ですね。
私たちが留学していた頃は、ヨーロッパやアメリカに圧倒的に存在感がありました。今はそれがないのですね。グローバル化されているといいましょうか。ウィーンフィルにしても、旧ハプスブルグ帝国(オーストリア、ハンガリー、チェコ周辺)以外からは団員を取らないという伝統が今はありません。時代は変化しています。
今ピアノ科学生に人気があるハノーヴァー音楽演劇大学も、ライプツィヒやドレスデンなど文化芸術の歴史がある地とは違い、もともとは何もない街でした。そこにこの音大が出来たのですが、教えているのはほとんど外国人、教わっている学生もほとんど外国人。よく言えばコスモポリタンですね。本家がないのです。
日本人が海外に行かなくなった理由の一つに、本場の権威、理想、夢がなくなったということはあるでしょう。私たち自身が、若い世代に何か創ってあげるべきなのかもしれません。
今回の徹底研究に出演する受講生を含め、これからの若手に期待することを一言お願いします。
自分が何を聴き手に伝えたいのか、それをよく分かって、きちんと伝えられる音楽家になってほしいですね。みなさん個性が違いますからそれぞれだと思いますが。
そして、世の中の森羅万象にもっと好奇心を持ってほしい。いつも何かに興奮して首を突っ込んでほしい。そういう経験をしていれば、演奏にも反映されますし、アイディアがたくさん浮かんでくると思います。そして半年ほど経った後、あらためて振り返り、「自分はこうだと思う」というのを音楽に反映させればよいと思うのです。
実は今年4月末、8ヶ月ぶりに演奏会に出ました(モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491/ 飯森範親指揮・東京交響楽団 /ミューザ川崎)。昨年9月から演奏会を停止して、しばらく病気の治療に専念していました。ですから、久々のステージで皆を感動させたいという欲はなかったのですね。全くあがりもしませんでした。ただそれよりも、自分が放った音が自分に返ってきたら、またその音に誘われて弾く・・・ という楽しさを味わおうと思ったのです。
そうしたら多くの方が、今まで聴いたことがないほど素晴らしかったと仰って下さいました。自分としても初めての演奏の境地でした。自分が音を楽しんで、それに反応してまた自分が即興的に返す、それで最後まで弾きました。人生は悪いことばかりではない、どこかに必ず良いことがあるんですよ。
20代の頃は指揮者とともに音楽と戯れ、自分の内なる音楽が自由に引き出されていった。そして今、ご自身で音楽と自由に戯れ、純粋に舞台を楽しまれた。それは、演奏家としての原点のご心境に戻られたという印象があります。
誤解を招くのを承知で申し上げますと、日本には少し譜面にこだわりすぎる傾向があると思います。きちんと譜面から学んだ上で、最後は譜面から自由になって、自分の世界をクリエイトすることが大事なのではないでしょうか。
様々な経験をされた中村先生が今興味を持っていることは「世界の情勢」。幅広い教養は日常の好奇心から、ということを実感させられますね。
企画/演奏研究委員会 取材・文/菅野恵理子