徹底研究2012
※終了しました
2012年度のピティナ・徹底研究シリーズは、生誕150年を迎える「ドビュッシー」を取り上げます。
藤井一興先生による徹底解説と、"版画" "ピアノのために" "子供の領分" といった代表作のレッスンを通し、20世紀音楽の先駆である作品への理解を深めます。
主催:社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
企画・協力:セミナー委員会
2012年5月6日(日)10:30開演
- 当日、第二部開演前に春の指導者賞の表彰式をおこないます。
洗足学園音楽大学 前田ホール
(東急田園都市線溝の口駅・JR南武線武蔵溝ノ口駅より徒歩10分/アクセス)
一般 | ピティナ会員・学生 | 学生会員 | |
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通し券 | 10,000円 | 8,000円 | 4,000円 |
各部券 | 3,500円 | 3,000円 | 1,500円 |
藤井一興先生
- 学年は2011年度
尾城杏奈(中2) /1.塔 | |
笹山玲奈(中3) /2. グラナダの夕べ | |
足木克利(中3) /3.雨の庭 |
牛田智大(小6) /「子供の領分」より ゴリウォーグのケークウォーク | |
太田糸音(小6) /「子供の領分」より 人形のセレナード | |
山﨑亮汰(中1) /「ピアノのために」より プレリュード | |
小野田有紗(高1) /「ピアノのために」より トッカータ |
- 講演内容および曲目は、変更になる場合もございます。一部の曲目については、通し演奏も予定しております。
現在、東邦音楽大学大学院大学教授、東邦音楽総合芸術研究所教授、東京芸術大学、桐朋学園大学各講師。
「版画」より 1.塔
「版画」より 2. グラナダの夕べ
「版画」より 3.雨の庭
「子供の領分」より ゴリウォーグのケークウォーク
「子供の領分」より 人形のセレナード
「子供の領分」より 人形のセレナード
「ピアノのために」より トッカータ
今回、講演をおつとめいただく藤井一興先生に、当日の講座へ向けてお話を伺いました。
今年、2012年はドビュッシーの生誕150周年にあたります。フランスのパリではドビュッシーの音楽のみを取り上げる音楽会が何日にもわたって行われていますし、東京でもピアノをはじめ、交響曲や室内楽、歌曲など多くのドビュッシー作品が演奏されています。
なぜ、ドビュッシーの音楽はこのように注目され、私たちの心を動かしているのでしょうか。
ドビュッシーの作品は、一見難しそうな、例えば「ピアノのために」のトッカータのような楽曲であっても、とても人間の心理に合ったピアノのテクニックが用いられています。それは、人間の心の動きに寄りそった音の動きから音楽が発生しているためだと思います。
また、これはエチュード(練習曲)においても同様です。エチュードというと、よく「難しさを克服するための曲集」と受け取られがちですが、彼のエチュードにはそのような曲は一つもなく、どれも彼の深いヒューマニティ(人間性)・人間に対する愛に満ちあふれています。
私はドビュッシーの作品の根底に、この人間愛が大きくかかわっていると考えています。
それゆえに、ドビュッシーは音楽家だけでなく、世界中の人々から愛されているのではないでしょうか。
ドビュッシーは生前、マラルメをはじめとする詩人や芸術家とのかかわりがありました。
例えば、「牧神の午後への前奏曲」のテキストはマラルメの作品がもとになっています。
マラルメには、ドビュッシーと同様にその先駆性ゆえに世間に評価されない厳しい時期がありました。そのような中、彼らは互いを評価し合い、支え合いながら苦労を共にしてきました。
一般的にドビュッシーは絵画との結びつきから「印象主義」と言われることがありますが、一方で、マラルメからシュールレアリズムやサンボリスム(象徴主義)の影響も受けており、また、マラルメをはじめ、ヴェルレーヌやボードレールの詩を用いた声楽作品も多く書いています。当時、文壇は想像を絶するテンポで動いており、ドビュッシーも影響を受け、その作風を大きく変えていきました。(4月13日(金)公開のインタビュー後半で詳述)
ドビュッシーは第一次世界大戦をはじめ、苦労の絶えない激動の時代に生まれましたが、お互いに刺激し、支え合える芸術仲間の存在があったという意味では、とてもラッキーだったと言えるのではないでしょうか。
今回の徹底研究では、そういった時代を生きたドビュッシーの心の優しさ・慈愛・博愛を是非勉強してほしいと思います。
当時のヨーロッパは、度重なる戦争などを経て「愛」とは何かを常に考えていました。その中で、ドビュッシーは「ヒューマニティ」に彩られた作品を生み出ました。そのヒューマン性は世界中の心を救うような慈愛に満ちており、昨年大震災を経験した現代の日本を生きる私たちにも響いてくるものがあるのではないでしょうか。
この徹底研究の場が、そうしたドビュッシーの「人間愛」を見つめなおす機会となれば幸いです。
ドビュッシーの作風は、前半でお話ししたように、文壇や戦争の影響を受けて、大きく変わっていきましたが、大きく3つに分けられると思います。
第1期、例えば、ベルガマスク組曲や月の光など、皆さんにもおなじみの曲が挙げられますが、この頃は、まだ調の主和音・属和音といった機能がある程度明確で、和声分析も行えます。
それに対して、第2期以降の作品は、これまでとは全く異なるドビュッシー独自の手法で作曲されています。例えば交響詩「海」の2曲目では、彼はこれまでの機能和声の概念を一変させるような技法を模索しています。ここでは和音を「機能」としてではなく「色彩」としてとらえ、律動(リズム)を変えず和音を刺繍的に動かすことで、海の波のような効果を生み出しています。これは非常に絵画的な発想に基づいています。
別の例として、今回の徹底研究でも取り上げる「版画」を見てみましょう。1曲目の「塔」は中国の塔、2曲目の「グラナダの夕べ」はスペイン、3曲目の「雨の庭」はフランスの「森には行かない」という童謡の主題などをそれぞれコラージュしています。この「コラージュ」という考え方自体が、従来の「展開」とは異なる、とても現代的な発想です。ここでドビュッシーは、一般的な「ABA」という音楽形式の「B」の部分の展開のあり方や存在理由に、新しい可能性を見出しています。
こうした色彩・リズムの対比やコラージュといった発想にも、他の芸術、文学や絵画からの影響が感じられます。ゴリウォーグのケークウォークや、月の光、亜麻色の髪の乙女など、音楽家でない人の間でもドビュッシーの音楽が親しまれているのは、こうした作風が大きくかかわっているのかも知れません。
また、彼は洋の東西を問わず、人間の心に直接響く、先ほど例に出した「海」のように、自然界の美学を尊重した作品を多く作っています。東洋の文化の研究にもとても熱心で、日本の文化・美学も勉強されていたのですね。
ドビュッシーの音楽が私たちを感動させる大きな理由として、前半でもお話ししたように彼の「人間愛」というものがあり、それには彼の生きた時代も関係しています。
第3期の作品には、例えば「黒と白で」という2台ピアノの作品があるのですが、この作品が作曲された頃、フランスは第一次世界大戦の最中で、ドイツからの攻撃などにより多くの被害を受けていました。こういった体験から、ドビュッシー自らが詩をつけた「もう家の無い子のためのクリスマス」という人間愛あふれる歌曲・合唱作品が生まれました。
また、第3期の特徴として「抽象化」があげられますが、そこには抽象化するがゆえに残された美しさがあります。今回取り上げるエチュードもそのよい例で、ここでは3度・4度・6度といった音程現象に対する彼のあたたかさ、慈悲深さがあふれています。彼のこの「人間愛」がどのようして生まれたのか、彼の人生について知ることで、少しでもその答えが見えてくるのではないかと思います。
このように、ドビュッシーは従来の音楽概念を覆すような作品を生み出し、私の習ったメシアンやブーレーズなど、世界中の作曲家に現在も影響を与えています。ドビュッシーの存在なくして、現代の音楽はなかったといえるでしょう。
繰り返しになりますが、ドビュッシーは、美術・文学・音楽が絶え間なく呼吸し合い・循環する時代に生き、また、彼が体験した戦争などの苦労は、生き生きとした芸術作品へと結びついています。それゆえに、ドビュッシーの作品はどれも心の優しさ・他人に対する愛に満ちているのではないでしょうか。
今回の徹底研究では、その点を皆さんと一緒に勉強したいと思います。若い生徒さんにとっても、ドビュッシーの音楽を通じて、そうした「心」の勉強を一緒に考える機会となれば幸いです。